感情が嘆く場所や時間帯に注意を払いなさい。
感情が喜ぶ場所や時間帯に注意を払いなさい。
あなたは気づいていないだろうが、潜在意識に刷り込まれた何かが隠れている。
なぜ、その場所なのか、なぜその時間帯なのか、探りなさい。結果には必ず原因がある。間違いなく原因が潜んでいる。
時間を遡って、その場所で何が起こっていたのか?もしくは、その場所では何も起こっていないが、その場所にいる時間帯に外で何が起こっていたのか?
原因を見つけた時、あなたは次のステージの課題に進むことになる。
感情が嘆く場所や時間帯に注意を払いなさい。
感情が喜ぶ場所や時間帯に注意を払いなさい。
あなたは気づいていないだろうが、潜在意識に刷り込まれた何かが隠れている。
なぜ、その場所なのか、なぜその時間帯なのか、探りなさい。結果には必ず原因がある。間違いなく原因が潜んでいる。
時間を遡って、その場所で何が起こっていたのか?もしくは、その場所では何も起こっていないが、その場所にいる時間帯に外で何が起こっていたのか?
原因を見つけた時、あなたは次のステージの課題に進むことになる。
心が悲鳴を上げているなら、あなたは一つの山を登り切ったのだ。その山に連なる新しい山を目指しなさい。居場所を変えるか、付き合う人を変えるか、時間の使い方を変えるか、いずれかを変える時が来たのだ。よそ者と馬鹿者と若者になる時が来たのだ。
都会から田舎に移住したり、上場企業から地場会社に転職したり、もしくはその反対に、田舎から都会に上京したり、地場会社から上場企業に転職すると、よそ者扱いされるのは、目線がずれているからである。同じ形を指でなぞれない者は、よそ者である。
よそ者は、同じ形をなぞれない馬鹿者でもある。不慣れだから、なぞりたくてもなぞれない。優れた知識や技術があるから、原始の形をなぞりたくもない。
思考の地図と感情のコンパスを頼りにして、新天地に移り住む勇気と行動を持ち合わせたあなたなら、ソクラテスが無知の知を悟ったように、若者の無知を尊び、先入観なく、偏見なく、先人と同じ形を指でなぞり、同じ言葉を発し、同じ食物を食べることで、住む世界のギャップを埋めることができる。
守破離とは、「規矩作法 守り尽くして 破るとも 離るるとても 本を忘るな」という千利休の言葉から生まれた伝統芸能における教育ステップである。
離とは、自分らしい形を作る独創段階である。
自分らしさを生むのは難産である。愛しい人をなくしたり、怪我や病気で半身麻痺になったり、財産を騙し取られて無一文になったり、圧倒的な絶望感や喪失感に打ちのめされた後、その空虚なギャップを埋めなければ死に至るため、命がけの跳躍によって、生まれ出る。
すべての造形行為は、現実をあなたの心情に合った景色へと変えるために存在する。あなたの心の色がしっくりくるよう、小さくても自分らしい欠片を集めて紡ぎなさい。
生命をコントロールする思考と感情は表裏一体である。思考が形を解釈し、感情が色を解釈することで、内側の精神世界と外側の物理世界をつなぎ、現実世界を生じさせている。
不機嫌な気分をよくしたいなら、運動して汗をかき、体の形を変えれば心の色が変わり、気分が良くなる。
ダイエットしたいなら、知恵を集めて足るを知り、心の色を変えれば体の形が変わり、体重が減る。
水=空×気×息
形=色×エントロピー×温度
色を出すほど形が出やすい。形をなくすほど色が消えやすい。色で形を分けて、形で色を定着させる。現実世界を変えるには、形と色を操作することが秘密の鍵である。形を模倣すること。色の情動を高めること。
偽りのない確かな真実を伝える。
天体の動きは地上の動きに共鳴し、地上の動きは天体の動きに共鳴し、天体面と地上面は鏡映している。天体観測することは天地を合一する奇跡的な行為である。
天体の星座を観る者の解釈によって、地上の相似形が引き寄せられるように、客観的な事象を観る者の知識の照らし合わせ方や記憶の引き出し方によって、主観的な世界は生じている。
太陽と月による引力は、海風の潮干力をもって地上に生命を宿す。
生命は水によって成り立っている。水が雨となって地に降り注げば、その勢いは完全無欠である。
土木を燃やして、水と炭に分けなさい。水は地から天に昇り、ふたたび地に降り、生命を育むエネルギーと汚れを清める洗浄力になる。
燃焼作用と同じように、事象を分解して再構築することで、あなたは複雑な事象からシンプルな知識を手に入れ、迷いが消え去る。
河川氾濫と同じように、知識はすべての力を凌ぐため、あらゆる感情に勝り、あらゆる信念を破壊し、あなたの世界を新陳代謝させる。
事象に対する知識が、あなたの世界を創造しているのである。
このように深く洞察する叡智を持つため、私は三倍優れた賢者と称されるのである。太陽活動から読み解く私の講釈を終える。
Wikipediaから引用する。アイザック・ニュートンによる英訳が彼の錬金術文書の中から発見されており、それは現在、ケンブリッジ大学キングズ・カレッジ図書館に所蔵されている。以下はその和訳である。
これは真実にして嘘偽りなく、確実にして最も真正である。
下にあるものは上にあるもののごとく、上にあるものは下にあるもののごとくであり、それは唯一のものの奇蹟を果たすためである。
万象は一者の観照によって一者に由って起こり来たれるのであるから、万象は一つのものから適応によって生じたのである。
太陽はその父、月はその母、風はそれを胎内に運び入れ、地はその乳母である。
全世界におけるあらゆる完成の父はここにある。
それが地に転じるならば、その力は円満となる。
地を火から、微細なものを粗大なものから、非常なる勤勉さで丁寧に分離するがよい。
それは地から天に昇り、ふたたび地へと降って、上位のものと下位のものの力を受けとる。
この方法によってそなたは全世界の栄光を得、
それによって一切の無明はそなたから去るであろう。
その力はすべての力を凌ぐ。それはあらゆる精妙なものにも勝り、あらゆる堅固なものをも穿つからである。
かくて世界は創造された。
これに由って来たるところの驚くべき適応、その方法(もしくは過程)はここにある通りである。ゆえにわたしは全世界の哲学の三部を具するをもってヘルメス・トリスメギストスと称される。
太陽の作業についてわたしの語ったことは完遂し畢る。
https://ja.wikipedia.org/wiki/エメラルド・タブレット
http://www.hermeticfellowship.org/Collectanea/Hermetica/TabulaSmaragdina.html
マッキンゼーが開発した問題解決手法に「空・雨・傘」というシンプルで強力なフレームワークがある。例えば、空が曇っていて、雨が降りそうだから、傘を持って出かける、というふうに解決案を導出する。
一つ一つ詳しく見ていこう。
最初の「空」は、認識である。事実を見たり聞いたり、雰囲気を感じたりして、データを測定し、状況を認識するのである。
次の「雨」は、解釈である。事実や雰囲気のデータをあなたの思考回路に流して、次の場面を予測するのである。(y=ax+bのような方程式を作り、yを予測する)
最後の「傘」は、行動である。予測した次の場面に対する解決候補から最適解を選び、行動するのである。
それでは、物理的な「空・雨・傘」の解法が、精神的な解法としても適用できることを紹介したい。職場に遅刻したAさんが、上司の席から自席に戻って来たという場面を想定しよう。
最初の「空」は、認識の目配り
Aさんの顔色や姿勢やしぐさに着目し、いつものAさんの様子と比較する。
次の「雨」は、解釈の気配り
Aさんの外見の変化だけではなく、内側にも入り込み、Aさんの心情の波の推移を指でなぞる。
最後の「傘」は、行動の心配り
心情が下向きなら同情の言葉をかけ、心情が上向きなら励ましの言葉をかける。
Aさんとの間柄を良くしたいなら、つまりAさんとのギャップを埋めたいなら、表情やしぐさを模倣して、心情の推移に合わせて、言葉を選び声をかけること。
人間が1回に吸い込む空気量は500mlくらいで、その中の20%が酸素である。酸素は火によく燃える生命の原動力である。
太陽光を集中させて藁を発火させるように、口から発した息は、思考の形をなぞって命を宿し、声に変わる。そして、その声は情動のリズムに乗り、足踏みや拍手を従えて音楽と化し、存在感を遥かに増して場の雰囲気を一変させ、人間たちを熱狂的に奮い立たせる。
このようにして、頭の中の思考は空気を操り、現実化していく。最後に、マザー・テレサの残した言葉を伝えておこう。
思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい。それはいつか運命になるから。
レオナルドダヴィンチが言ったように、人間は、見ることなく見る。聞くことなく聞く。感じることなく触れる。味わうことなく食べる。筋肉を知覚することなく動く。匂いを嗅ぐこと息を吸う。考えることなく話す。
人間は選択することをやめると迷宮を彷徨うことになる。いつしか劣悪な環境の中で耐え凌ぎ、当たり前のように劣悪環境に慣れる。
あなたには選択する自由があることを忘れてはいけない。いつでも、どこでも、あなたは選択できるのだ。認識は選択、態度は選択、言葉は選択、行動は選択、今のあなたは過去のあなたの選択で出来ているのだ。
あなたが謙虚な姿勢で不自然さや違和感に気づけるなら、あなたの心は正しく判断できる。こんまりが物を手に取って、ときめきを感じるものだけを残しているように、心地よいものを増やし、不快なものを減らすことが、選択の基本である。
森の奥深くで道が2つに分かれていたら足跡の少ない方を選べ、という格言があるが、苦難の道にときめくなら苦難の道を選ぶこと。
正しい問いや願いを立てることが一番難しい。問いや願いが一発で決まることはない。ぶれて、揺れて、緩んで、波打ちながら、時間をかけて定まる。問いや願いが大きいほど、ぶれ方、揺れ方、緩み方も大きくなる。しかし、いったん、正しい問いや願いを立てることができたなら、あとは自動運転車に乗ったも同然である。達成の成否を決めるのは、問いや願いそのものなのである。
あなたの意志ではなく、あなたの心が望む問いや願いしか叶わない。寝ても覚めても息をするように繰り返し情動を呼び起こす問いや願いしか叶わない。逆に言うと、怒りの感情に襲われる問いや願いなら叶わない方がいいが、やはり叶う。
あなたの意志ではなく、あなたの心が望む問いや願いなのかを確かめるには、その問いや願いが情動とセットになっているかを見ればよい。つまり、その望みの問いや願いを見たり聞いたり触ったりすると、喜怒哀楽の感情が沸き立ち、動かずにはいられなくなるような情動に駆られるかどうかで確認できる。
例えば、あなたは、ある車が欲しいとしよう。あなたはその車の写真を瞳に焼き付けて目を閉じると、頭の中に、はっきりと目の前にその車が現れて、車両を前から、横から、後ろから、下から、上から、外側から、内側から、自由自在に見て回り、エキゾーストノートを聞き、ボンネットやドアノブ、シートやハンドルを触って匂いまで感じるか?あなたの鼓動は高鳴り始めて、子供のように椅子に座って運転の真似をせずにはいられないか?本物を手に入れるまで、木材やダンボールで模型を作ろうかと頭によぎったか?心から望むものは圧倒的な情動に駆られるのですぐに分かるものだ。
無意識は、現実と空想を区別できないため、現実と空想のギャップを埋めようと、あなたの体を日夜動かして具現化させようとする。嘘から出たまことだ。石の上にも三年と言われるとおり、三年も継続できたら、間違いなく、あなたはその車を手に入れていることを約束しよう。
人間という生き物は、驚くほど劣悪な環境を耐える性癖がある。あなたは、どの道、耐え難きを耐え凌ぐのだから、前向きな情動が湧くことに目を向けて耐えてください。